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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】情熱秘密END

安土へと帰還して、数日が経った頃。

 

家康「光秀さん、ちょっと顔を貸してもらえますか」

 

光秀「ああ、あとで行く」

 

三成「今お願いしたいのです」

 

光秀「わかった、そのうちな」

 

「私からもお願いします! ちゃんとふたりと話して、対策を立ててください」

 

 

光秀「やれやれ……」

 

私は家康と三成くんと一緒に、城内の廊下で光秀さんを取り囲んでいた。

 

(帰ってきて早々、なんでこんなことに……)

 

光秀さんは、謀反を企み脱獄した罪には問われず、織田軍に戻ることを許された。

けれど、きちんとした釈明をしなかったせいで、今、安土は『明智光秀は信長様の寝首をかくために舞い戻った』という噂でもちきりだ。

 

(これじゃ前に逆戻り……それどころか悪化してる)

 

「真実のすべてを明かすのは無理でも、町の人たちに理解してもらう方法を探しませんか?」

 

光秀「やれやれ。心配性だな、お前は」

 

頭をそっとひと撫でされ、心臓が小さく跳ねる。

 

「心配してるわけじゃないんですけど……」

 

家康「こはる、何あっさりほだされてるの」

 

「っ、ごめん」

 

光秀「家康、三成。人の連れ合いを抱き込むとは、なかなかの策士だな」

 

三成「お褒めいただき恐れ入ります、光秀様」

 

家康「この局面で素直に礼を言うお前の神経に恐れ入るんだけど」

 

三成「家康様にまでお褒めいただけるとは思いませんでした」

 

家康「俺だってそんなことは露ほども思ってない」

 

「ふたりとも、喧嘩してる場合じゃ……。あ!」

 

家康・三成「え?」

 

一瞬の隙をつき、私の恋人は姿をくらましていた。

 

家康「やられた……」

 

(さすが光秀さん……!)

 

恋仲になった今も、光秀さんは行動が読めなくて、捕まえたと思ったらするりと手の中から逃げていく。

 

(困るけど……そんなところもやっぱり素敵だな)

笑みがこぼれそうになるのを、奥歯を噛んで我慢する。

 

三成「仕方ありません。光秀様がはぐらかすおつもりなら、こちらにも考えがあります」

 

「うん……今夜、いよいよ決行だね」

 

家康「美香、わかってる? この件、光秀さんには……」

 

「ちゃんと秘密にしてるよ」

 

(光秀さんには申し訳ないけど……今回ばかりは思い知ってもらわなきゃ)

 

三成「それでは、今夜」

 

家康「いい? くれぐれも慎重にね」

 

「うん!」

…………


美香たちが早足に立ち去るまで、光秀は廊下の角に身を潜めていた。

 

光秀「–––なるほど、今夜か」

 

(久しぶりだな、この独特な賑やかさ!)

 

仕事の買い出しで城下へやってきた私は、町の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 

(光秀さんとも、早くまた一緒に町を歩いて回りたい……)

 

戻って以降、光秀さんは休みなしに飛び回っている。

私は私で、安土城で本格的に働かせてもらうため、お針子の見習いを始めたばかりだ。

ふたりで出かけるどころか、ゆっくり話す時間さえない。

 

(もっとちゃんと向き合えたら……光秀さんに内緒で、今夜あんなことをせずに済むのに)

 

ため息を噛み殺した時–––

光秀「浮かない顔をしてどうした、美香」

 

「光秀さん……!?」

 

光秀「奇遇だな。少々付き合え」

 

(ここ、前にも来た……)

 

店主が運んできた水菓子の皿と湯呑みを前に、光秀さんと向かい合う。

 

光秀「それで? ご機嫌ななめの理由を聞こうか」

 

「……っ、さっき私たちが話をしようとしたら、姿をくらましたくせに」

 

光秀「何、家康と三成に邪魔されず、お前の可愛い声を聞きたくてな」

 

さらりと言ってのけ、光秀さんはお茶で唇を湿らせる。

 

(ずるい……)

 

数日間ゆっくり逢えなかった寂しさを、この人はたったひと言で埋めてしまう。

 

「機嫌を損ねていたわけじゃなくて……光秀さんと過ごす時間が減って寂しいと思っていただけです」

 

光秀「なるほど。坂本城にいた間は、ずっとお前を離さずにいたからな」

 

光秀さんが口の端を上げて微笑むのを見て、机に置いた手に思わずきゅっと力が入った。

あの水辺の城で過ごした数日間……昼となく夜となく、何度も何度も、光秀さんに愛された。

 

城に到着した日、夜遅くまで部屋に戻ってこなかったのは、溜まっていた仕事の指示を一気に済ませておくためだったと、あとから知った。

 

(どうしよう。顔、熱くなってきた……)

 

光秀「三日後には休みが取れる。お前の休暇も願い出ておいた」

 

「本当ですか……? 嬉しいです!」

 

光秀「言わなくても、顔に書いてあるぞ」

 

「書いてあっても言いたいんです! 楽しみだな……どこに行きましょうか?」

 

光秀「出歩くのもいいが、俺の御殿に一日中お前を閉じ込めておくのも悪くないと思わないか?」

 

「っ、それは……」

 

冗談めかした口調だけれど、この人ならやりかねないと今は身をもって知っている。

 

「あの……閉じ込めて、何を……?」

 

光秀「お前が俺にされたいと思うことを、全部」

 

(ああ、もう……っ)

 

「光秀さんを好きになってから、心が右往左往して大変なんです……」

 

光秀「飽きが来なくていいだろう?」

 

「他人事みたいに言わないでください。切なかったり、嬉しかったり、ドキドキしたり……そのうち心臓が壊れそうです」

 

光秀「そしたら俺のをくれてやる」

 

握りしめた私の手に、光秀さんの手のひらが載せられる。

(……本気の目をしてる)

 

今度は、じんわりとした温もりで満たされていく。

本当に、この人といると心が忙しい。

 

光秀「さて、そろそろ機嫌は直ったか?」

 

「あっ、待ってください。昼間の話を忘れるところでした」

 

光秀「そのまま忘れていいぞ」

 

「よくないです! どうして、町の噂を放っておくんですか?」

 

光秀「心配してないんじゃなかったか?」

 

「心配はしてません。光秀さんは最強ですから!」

 

(何があったって光秀さんなら大丈夫、そう信じてる。でも……)

 

「自分の好きな人のひどい噂話をされるのは、悔しくてたまりません」

 

光秀「お前が気に病む必要はない。そもそも……その噂を流したのは俺だからな」

 

(光秀さんが!?)

 

「な、なんでそんなことを……? 将軍が信長様を狙うことは二度とありません。裏切り者のフリをする必要は……」

 

光秀「必要のないことを、俺がすると思うか?」

 

「……思いません」

 

光秀「将軍の企みをいち早く掴めたのは、俺のまいておいた餌に奴らが食いついたからに他ならない。賢いお前は、この意味がわかるだろう?」

 

(そうか……! 裏切りの噂を常日頃流しておくことで……謀反を起こそうとする人たちを、自分の元に誘い込んでるんだ)

 

改めて思い知らされる。この人は並々ならない策士なのだと。

 

光秀「家康と三成も、その辺りは承知の上だろう。ああして文句をつけてくるのは、京で加勢できなかった腹いせだろうな」

 

「そこまでお見通しだったんですか……」

 

(光秀さんはやっぱり凄い。この人の生き方に、私はどこまでも寄り添うと決めた。ただ……)

 

「……好きな人が誤解されているのはやっぱり悔しいです。いつか……ずっと先でいいから、光秀さんがどんなに素敵な人か、世界中に大発表したいです」

 

光秀「やれやれ、何を言い出すかと思えば」

 

手の甲を、つ、と指先が撫でる。

 

(ひゃ……っ)

 

光秀「俺がどういう男かは、お前だけが知っていればいい」

 

「光秀さん……」

 

光秀「–––さて、本題はここからだ」

 

にっこり笑い、光秀さんは身を乗り出して頬杖をついた。

片方の手は、私の手をがっちり掴んでいる。

 

光秀「今夜、一体何を企んでいる?」

 

(……! さっきの話、聞かれてたの!?)

 

「それは、あの……っ」

 

光秀「家康と三成も共犯らしいな。この俺に隠し事とは、悪い子だ。ひどくされたくなければ……わかるだろう?」

 

『何もかも話せ』と笑顔の圧が迫ってくるけれど……

 

(それだけは出来ない……!)

 

「ごめんなさい! えいっ」

 

光秀「…………」

 

手首をひねり、光秀さんの手から逃れて立ち上がる。

 

「今回ばかりは譲れないんです! お茶、ごちそうさまでした!」

…………


美香が逃げ出していくのを見送り、光秀はくすっと吹き出した。

 

光秀「仕込んだ体術を活用できているようだな、感心感心」

 

その時、聞き慣れた声が光秀の背後から響いた。

 

九兵衛「光秀様、先ほど美香様が出ていかれるのが見えましたが……」

 

光秀「問題ない。それよりどうした」

 

九兵衛「信長様よりお呼び出しです。重要な要件があるので、今夜、天主へ参るようにと」

 

光秀「今夜、か……。わかった」

…………


その夜。

光秀「失礼いたします、信長様」

 

光秀が信長の部屋へと足を踏み入れると–––

パン–––ッ!

 

光秀「!?」

激しい破裂音とともに、色とりどりの紙吹雪が宙に舞う。

 

光秀「これは、一体……?」

 

(よし、大成功!)

 

「私の国でお祝いに使われるクラッカーという道具です! 佐助くんに文を送って、作り方を教えてもらいました」

 

光秀「祝いの道具……?」

 

蘭丸「ちなみに、作るの俺も手伝ったんだよっ!」

 

家康・三成「というわけで、ご帰還、おめでとうございます」

 

光秀「お前たち……」

 

秀吉「いい顔しやがったな、ざまあ見ろ!」

 

政宗「まあ座れ、そして食え」

 

並べられたごちそうを見て、光秀さんは肩をすくめた。

光秀「信長様。重要な要件があると伺ったのですが」

 

信長「重要だろう。こはると貴様の帰還祝いだ」

 

家康「俺と三成で、極秘に計画させてもらいました。まともに祝の場を用意しようとしても、光秀さんはどうせ断るでしょうから」

 

三成「城下でどんな噂が囁かれていようと、光秀様がそれを否定せずにいようと……我々は、光秀様が織田軍に戻ってくださって嬉しい。そのことを思い知っていただこうと思いまして」

 

光秀「家康、三成、お前たちふたりとも……、詰めが甘いぞ」

 

家康・三成「えっ?」 

 

光秀「九兵衛、例のものを」 

九兵衛の声「はっ」

 

襖の向こうから声がして、九兵衛さんがお酒の瓶を抱えて現れる。

 

光秀「宴への差し入れだ。返礼も兼ねてな」

 

(どういうこと……!?) 

 

三成「ご存知だったんですか……?」

 

光秀「秘密を貫こうと思うのなら、まずは人選を熟考することだ。まず美香。ここ数日の挙動を見ていれば俺に隠し事をしていることはひと目でわかった」

 

「えっ!?」

 

光秀「それから秀吉。俺への小言が極端に少なくなっていた自覚はあるか?」

 

秀吉「何……!?」

 

光秀「怪しい者を監視していれば、おのずと共謀者を炙り出せる。顔ぶれさえわかれば、計画の目的もおのずと読み解ける」

 

(じゃあ、サプライズ帰還祝いの計画はバレバレだったんだ……。そんなぁ……!)

 

三成「さすが光秀様です。おみそれいたしました」

 

秀吉「とことん可愛くねえな、お前……!」

 

蘭丸「ほーんと! つまんなーい!」

 

家康「次は絶対に騙し通して見せますから」

 

光秀「やれるものならやってみろ」

 

信長「功を奏したのはこはるの仕込んだ『くらっかあ』のみか」

 

光秀「敵襲かと思い、少々身構えました」

 

(少々身構えた程度……。やっぱり、光秀さんには敵わない)

 

政宗「バレてたものは仕方がねえ。今夜はとにかく食って騒ぐぞ」

 

蘭丸「だね! 光秀様、じゃんじゃんいっちゃって!」

 

がっかりしたムードはすぐに消え、車座になって宴が始まった。

 

信長「光秀、盃を」

 

光秀「恐れ入ります」

 

秀吉「ったく、お前は! 平然とした顔しやがって。信長様やこいつらがどれだけ心配したと……!」

 

家康「自分が心配してた筆頭のくせに、人に押し付けないでください」

 

秀吉「そういうのは言わなくていいんだ、家康」

 

三成「家康様も皆様が京へ行かれている間、ずっと夜も眠れないご様子だったんですよ」

 

家康「修羅みたいな顔で戦支度をしようとしてたのはどこの誰だっけね」

 

蘭丸「もー! おめでたい席で喧嘩してないで、ごはん食べよーよ! この鶏団子、すっごく美味しいよ! 光秀様も食べてみて?」

 

政宗「うまいと言うまで箸は置けないと思え、光秀」 

 

光秀「–––やれやれ。これほど騒ぐほどのことでもないだろう」

 

秀吉「なんだその仏頂面は。少しは喜んでみせやがれ」

 

光秀「頬をつまむな、酔っぱらい」 

 

みんなに取り囲まれた光秀さんは、いつも以上にそっけない。

(あ……! これって、もしかして……)

 

宴が終わったのは真夜中近かった。

静けさに満ちた廊下を、光秀さんとふたりで歩く。

 

「ふふ……」

 

光秀「計画が失敗に終わった割には上機嫌だな、こはる」

 

「だって……喜んでくれてたでしょう、光秀さん」

 

光秀「…………」

「私、知ってるんです。光秀さんがツンツンしてる時は、照れてる時だって」

 

(お祝いされるのが本当に嫌なら、計画自体を台無しにすることだって簡単にできたはず……。計画を暴いて差し入れのお酒を持ってきたのは、きっと照れ隠しだ)

 

「本当によかったです。こうして安土に戻って来られて。織田軍のみんなが……光秀さんのことを、待っていてくれて」

 

光秀「–––そこまでだ」

 

「えっ? わ……!」

 

両腕で横抱きにされ、慌てて首にしがみつく。

 

「光秀さん……っ?」

 

光秀「しー……静かに。城の者が起きるだろう? お前の可愛い声を聞いていいのは、俺だけだ」

 

ゆっくりと顔を近づけ、光秀さんが不敵に微笑む。

 

光秀「言っただろう? 俺がどんな男かは、お前だけ知っていればいいと。聞き分けのない悪い子には、たっぷりお仕置きをしなければな」

 

「お仕置きって……っ」

 

光秀「『くらっかあ』で俺を驚かせた罰。俺に隠し事をした罰。それから……可愛いことばかり言う罰だ」

 

耳に歯を立てられ、囁きがじかに注ぎ込まれる。

それだけで私に熱が宿ったのを、見据える切れ長の瞳は見逃さなかった。

 

(今夜は……何を、されるんだろう)

 

待ち受ける罠への期待が、胸の中でふくらんでいく。

 

光秀「恋仲になったからと言って、安心してもらっては困るぞ、美香」

 

「……安心なんか、してません。今だって、心臓が壊れそうなのに」

 

光秀「まだまだ……もっとだ。お前には生涯、俺に溺れていてもらう」

 

「……はい」

 

首にすがりつくと、唇を盗まれた。

部屋までほんの数メートル–––それが、ひどく遠く感じる。

 

(なんだって、知りたい。なんだって、ほしい。あなたのすべてを)

 

心を通わせても尚、この人は底知れない。

どこまでも深みに、私を誘い込んでいく。

 

(それでもいい。……ううん、それが、いい。この愛が、私のすべてだから) 

 

暗い廊下を、光る瞳を見つめ合いながら、ゆっくりとふたりで歩み–––

忘れられない夜が、また始まる。